辻留か鍋焼きうどんか
【05//2018】
親父の大学時代の親友が京都に住んでいた
家同士の付き合いで、子供の頃は神戸の従兄弟も伴って
よくその方の家に遊びに行った
何の商売をしている人なのかは子供だったからわからない
が、ずいぶん立派な家で、僕と同じくらいの歳の
ケイコちゃんという可愛い女の子がいた
先の戦いで屋敷の一部が燃えてなぁ
と話してくれた、その話をぼんやり聞いていたけど
その「先の戦い」は第二次大戦ではなく
応仁の乱 だって事を知って、京都を深く尊敬するようになった
そこの家に行くといつも出前を取ってくれて
その出前が子供ながらにびっくりするくらい綺麗な料理だった
高校に入る前くらいまでは、
神戸の従兄弟の家に行ったついでに時々京都まで行って
ケイコちゃんとおしゃべりして出前をご馳走になっていた
当時から目的は食い物と女。。。
思えば随分と調子の良い中学生だったんだなぁ
京都に 辻留 という店がある
元々は仕出し専門の店だった
って言うか、僕は京都の辻留には行ったことがなく
辻留に行きだしたのは東京に来てからで
赤坂見附にあった辻留には時々行った
ケイコちゃんちで食べた 出前 は
辻留から届けさせたものだったらしい
どうりで子供ながらにも 美しい と思った訳です

画像を探すといろいろ出てきた
が、何故か器が我が家そっくりなんだよね
こういう事言うと、辻留さんに失礼だけど。。

ほら、これだって同じだし

秀衡椀は申し訳ないけどウチの方が良いな😜
有楽町のビルの地下に 胡蝶 という日本料理屋があった
ビルの地下なのに日本庭園がある変といえば変な店で
関西の実家から親が出て来ると胡蝶で食事をしたが
ここはたいして美味くないな
と言いながら食べるのが恒例だった
当時の僕は東京一人暮らしの高校生だから
不味かろうがどうでも腹一杯食えさえすればなんでも良い
口の中を食べ物でいっぱいにしながら
だったら他の店に行けばいいじゃない
などと言いながらひたすら食べた
赤坂の あさの という加賀料理の店にも時々行ったが
やはり関西で食う料理に比べると
少し見劣り(味劣り)がする (ような気がした)
時は流れ僕は大人になって自ら会社を経営するようになった
ある時、取引先のの関係者と
和食でも食べましょうか
という話になった
今も昔も人と付き合うのが苦手で、かつ、美味い物は
地方まで直接行って食べることを是としている僕は
気楽に他人を案内できる店の知識が本当に貧弱だった
辻留の赤坂の店には京都の親父の親友の口利きで通うようになった
他にもあったけど、これらは自分が楽しむ店で仕事に使う店じゃない
かと言って、銀座の青木や浜作のカウンターで
肩を並べて食べるほど仲良しでもないし
有楽町なら用事が終わったらサッと別れられるし。。と言うわけで
取り敢えず胡蝶へ連れて行った
普通に食べて普通に飲んで
いざ支払いの段になり請求を見ると
なんだっ!
ここ高ぇじゃん
それまで自腹で食ったことがない僕は
その時初めて胡蝶はそこそこ高級店だったことを知って驚いたのと
それと同時にもう一つ驚いたことがあった
東京はこの程度の味で高級店が張れる
という事
関西出身の僕はどうしても
西の料理を贔屓目に見てしまう傾向がある
関東 < 関西
この図式の
しかし、絶対に関東の方が美味い!
と断言できる食べ物がある
もんじゃ?
ちゃうちゃう、あれはお好み焼きのゲロバージョン

それにたかだかあんな物食うのに
あーだこーだ と講釈ばかり並べられる
別に美味くもないし物の割に高いから一生食うことはない
東京の方が絶対に美味い物は
すき焼き と 鍋焼きうどん です
関西のすき焼きは 砂糖と醤油で味をつけて食べるのだけど
関東は割り下を使うでしょ
これが美味い
もちろん関西のコテコテのすき焼きも美味いでですが
僕は関東のすき焼きの方が好き
それと、鍋焼きうどんね
これは鰹で出汁をとった濃い醤油味の方が美味い!

ただし近頃の関東に蔓延るアホみたいに太くて硬いだけの
“コシが強い手打ちうどん”(笑) はパス
普通の昔ながらの喉越しの良いうどんに白ネギが入っていて
蒲鉾やら麩が卵でとじられて天麩羅が乗っかってる
この出汁をアテに日本酒を飲むのが最高に好きなんですね💕
根岸あたりに茶室風の小洒落た一軒を建てて
着物の似合う愛人を住まわせて
向う切りの炉が切ってあって炉に火を起こして暖をとるんです
秋雨の肌寒い日、縁側の引き戸を開けて
そぼ降る雨を眺めながら、愛人に熱燗を持って来させ
関東風の鍋焼きうどんの出汁をアテにちょぼちょぼ食する

なんともまあ、風情のある人生だと思いませんか✨
ぜったい無理だけど😢
お帰りはこちら
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ありがとうございます
家同士の付き合いで、子供の頃は神戸の従兄弟も伴って
よくその方の家に遊びに行った
何の商売をしている人なのかは子供だったからわからない
が、ずいぶん立派な家で、僕と同じくらいの歳の
ケイコちゃんという可愛い女の子がいた
先の戦いで屋敷の一部が燃えてなぁ
と話してくれた、その話をぼんやり聞いていたけど
その「先の戦い」は第二次大戦ではなく
応仁の乱 だって事を知って、京都を深く尊敬するようになった
そこの家に行くといつも出前を取ってくれて
その出前が子供ながらにびっくりするくらい綺麗な料理だった
高校に入る前くらいまでは、
神戸の従兄弟の家に行ったついでに時々京都まで行って
ケイコちゃんとおしゃべりして出前をご馳走になっていた
当時から目的は食い物と女。。。
思えば随分と調子の良い中学生だったんだなぁ
京都に 辻留 という店がある
元々は仕出し専門の店だった
って言うか、僕は京都の辻留には行ったことがなく
辻留に行きだしたのは東京に来てからで
赤坂見附にあった辻留には時々行った
ケイコちゃんちで食べた 出前 は
辻留から届けさせたものだったらしい
どうりで子供ながらにも 美しい と思った訳です

画像を探すといろいろ出てきた
が、何故か器が我が家そっくりなんだよね
こういう事言うと、辻留さんに失礼だけど。。

ほら、これだって同じだし

秀衡椀は申し訳ないけどウチの方が良いな😜
有楽町のビルの地下に 胡蝶 という日本料理屋があった
ビルの地下なのに日本庭園がある変といえば変な店で
関西の実家から親が出て来ると胡蝶で食事をしたが
ここはたいして美味くないな
と言いながら食べるのが恒例だった
当時の僕は東京一人暮らしの高校生だから
不味かろうがどうでも腹一杯食えさえすればなんでも良い
口の中を食べ物でいっぱいにしながら
だったら他の店に行けばいいじゃない
などと言いながらひたすら食べた
赤坂の あさの という加賀料理の店にも時々行ったが
やはり関西で食う料理に比べると
少し見劣り(味劣り)がする (ような気がした)
時は流れ僕は大人になって自ら会社を経営するようになった
ある時、取引先のの関係者と
和食でも食べましょうか
という話になった
今も昔も人と付き合うのが苦手で、かつ、美味い物は
地方まで直接行って食べることを是としている僕は
気楽に他人を案内できる店の知識が本当に貧弱だった
辻留の赤坂の店には京都の親父の親友の口利きで通うようになった
他にもあったけど、これらは自分が楽しむ店で仕事に使う店じゃない
かと言って、銀座の青木や浜作のカウンターで
肩を並べて食べるほど仲良しでもないし
有楽町なら用事が終わったらサッと別れられるし。。と言うわけで
取り敢えず胡蝶へ連れて行った
普通に食べて普通に飲んで
いざ支払いの段になり請求を見ると
なんだっ!
ここ高ぇじゃん
それまで自腹で食ったことがない僕は
その時初めて胡蝶はそこそこ高級店だったことを知って驚いたのと
それと同時にもう一つ驚いたことがあった
東京はこの程度の味で高級店が張れる
という事
関西出身の僕はどうしても
西の料理を贔屓目に見てしまう傾向がある
関東 < 関西
この図式の
しかし、絶対に関東の方が美味い!
と断言できる食べ物がある
もんじゃ?
ちゃうちゃう、あれはお好み焼きのゲロバージョン

それにたかだかあんな物食うのに
あーだこーだ と講釈ばかり並べられる
別に美味くもないし物の割に高いから一生食うことはない
東京の方が絶対に美味い物は
すき焼き と 鍋焼きうどん です
関西のすき焼きは 砂糖と醤油で味をつけて食べるのだけど
関東は割り下を使うでしょ
これが美味い
もちろん関西のコテコテのすき焼きも美味いでですが
僕は関東のすき焼きの方が好き
それと、鍋焼きうどんね
これは鰹で出汁をとった濃い醤油味の方が美味い!

ただし近頃の関東に蔓延るアホみたいに太くて硬いだけの
“コシが強い手打ちうどん”(笑) はパス
普通の昔ながらの喉越しの良いうどんに白ネギが入っていて
蒲鉾やら麩が卵でとじられて天麩羅が乗っかってる
この出汁をアテに日本酒を飲むのが最高に好きなんですね💕
根岸あたりに茶室風の小洒落た一軒を建てて
着物の似合う愛人を住まわせて
向う切りの炉が切ってあって炉に火を起こして暖をとるんです
秋雨の肌寒い日、縁側の引き戸を開けて
そぼ降る雨を眺めながら、愛人に熱燗を持って来させ
関東風の鍋焼きうどんの出汁をアテにちょぼちょぼ食する

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